2009年02月22日

伏兵がHEROになった日・・【鍵谷康司】

先日球界随一の小兵投手、谷元圭介投手がファイターズの
1軍キャンプに合流した事が話題になりましたね。


身長は166cm。一般の成人男性と変わらないか、むしろ
それよりも小柄な谷元投手ではありますが140キロを超える
キレのある速球にスライダー・シュート、左右に散らすピッチ
ングで是非このままアピールを続けて欲しいものです。


中継ぎを期待されているらしいですがファイターズには現在、
武田久とゆう谷元と同タイプの投手もいますし将来的には
二人で勝利の方程式を担ってくれるようだと面白いですよね!



・・ところで1981年のVメンバーに谷元と同じ166センチで
主に守備要員として活躍した鍵谷康司とゆう選手がいました。
(かぎたに・こうじ)


鍵谷は1975年にD4位でファイターズに入団した
右投左打の内野手。背番号は29。


特にセカンドの守備は絶品で菅野光夫と併用される形で
たまにスタメンに名を連ねる事はあってもほとんどは
試合終盤に出てくるもっぱらの守備の人的な存在・・。


ほとんど打席に立つ機会などもなく守備でチームの勝利の黒子に
徹していた鍵谷であったが一度だけ主役になった日がある。


『守備固め』の鍵谷の名が全国にとどろき、一躍時の人となった
まるでドラマのようなストーリー。


       鍵谷康司の英雄列伝・・・



時は1981年10月20日、後楽園球場。


ファイターズはこの年、オリオンズとのプレーオフを制し
日本一を争う巨人との日本シリーズに出場していた。


そして1勝1敗で迎えた第3戦。この日が訪れる・・。


初回に中畑清に2ランが飛び出し巨人が幸先よく先制。
ファイターズは内野ゴロの間に1点を返すも中盤まで
1−2と劣勢な展開を強いられていた。


6回表、連打で1死1、2塁のチャンスを迎えたファイターズ。
ここでお約束の途中出場、鍵谷康司を打席に迎える。


もちろんこのゲーム、初打席。
残りの駒と次打者が投手の打順である事を考えたら
代打を出す事も難しかっただろう。


もしかしたら鍵谷には無難に進塁打を首脳陣からは
望まれていたかもしれない。


だがこの日の鍵谷いつもと違った。
フルカウントまで粘り先発定岡正二の変化球を捉える!


定岡の得意とするスライダーを狙っていたと言う、
鍵谷の打球は右翼線ギリギリに落ちる逆転の2ベース。


一気に2走者がホームを駆け抜けファイターズは3−2と
勝ち越しに成功した。


守備要員としてそれまでほとんど日の目を浴びる事など
なかった伏兵・鍵谷がこの日はバットで魅せてくれた。
しかも日本シリーズとゆうこの大舞台で!


このままファイターズは3−2で逃げ切りに成功し
ついに鍵谷はHEROとなった。


慣れないヒーローインタビューでは顔色は青ざめ少し震えて
いるかのようにも見えた。


それもそのはず・・


『打撃でヒーローになったのは初めて』 だったから。


当時31歳を迎えていた中堅野手らしくない初々しい
インタビューは何とも微笑ましかった。


勝利を収め野手達がベンチに引き下がる際、試合を
締めくくった江夏豊からグラブで頭をポンッと叩かれ
少し照れくさそうにしていたこの日の殊勲者。


何もかもが『初めてづくし』で慣れない儀式にさぞ
緊張もしただろう。


守備の人、鍵谷が初めてHEROになった日・・・






まったく、人の転機は突如としてやってくるものだ。
でもまたそこが面白い!


熱闘日本シリーズ1981年・巨人-日本ハム [VHS]


この記事へのコメント
覚えてますとも!!
翌日の日刊スポーツも一面でした。この活躍があったもののこの年か翌年に戦力外通告…
文字通り最後の一花でしたね
Posted by i-GALLY at 2009年02月26日 18:01
i−GALLYさん、こんばんわ^^
え!!鍵谷さん、日刊の一面まで飾ったんですか?
凄いですね☆

はい、成績を見ますと翌年もそこそこ頑張っては
いたんですけどね・・。
今はどうされているのか不明ですがお元気でいて
欲しいです。
Posted by 羽夢 at 2009年02月26日 23:10
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