2009年02月10日

開幕15連勝の奇跡【間柴茂有】

球団名が日本ハムとなってからは日本一達成時、2006年の
ファイターズ陣容が最強だったとおっしゃる方も多いのですが
オールドファンの間では1981年、リーグ優勝達成時の
日本ハムファイターズこそが最強だったと推す声も多く聞かれます。


それもそのはず!
とりわけ投手陣に至っては過去のタイトルホルダー達が
一堂に介しているのがこの1981年。


孤高の一匹狼・江夏豊を始め、沢村勝投手・高橋一三
20勝投手・高橋里志成田文男、前年度のタイトルを
総なめにした木田勇、更には日本人初のメジャーリーガー
マッシーこと村上雅則さんもこの年、ファイターズに
在籍されていました。


この最強と言われた投手陣の中で忘れられない存在であるのが
大洋(現・横浜)から77年に移籍してきた間柴茂有投手。
(ましば・しげくに)

ケロヨンの愛称でファンからも慕われた技巧派・左腕投手です。
(大洋時代の登録名は間柴富裕


京都の比叡山高校から70年に大洋入りするもプロ入り後、
4年間は勝ち星なしの7敗・・。


しかしそんな間柴がファイターズに移籍してきてその才能を
一気に開花させる事になる。


実は交換要員が当時エース格だった野村収
このトレードにはどちらかと言えば否定的な見解を示す者も
多くはなかった。(野村収⇔間柴茂有・杉山知隆


間柴があの大記録を打ち立てるまでは・・



間柴が1981年に達成した大記録・・


その年、開幕からあれよあれよと勝ち星を積み重ね、負けなしの
開幕15連勝(日本記録)


そのままシーズンを終え、勝率はなんと驚異の10割!


規定投球回数に到達した投手での勝率10割ピッチャーは
後にも先にも間柴とかつて阪神に在籍した御園生崇男だけである。

※なお2005年にソフトバンク斉藤和巳が開幕15連勝の
 タイ記録を樹立。



同じ開幕15連勝を達成した斉藤和巳の投球内容と比べ
81年の間柴のピッチングはどこか神がかっていた。


防御率は3.46と勝率10割投手にしては至って
平凡な数字だ。


それもそのはず、4月7日の後楽園での西武戦では1回持たず
4失点でKOされている。
それでも負けはつかなかった。

極めつけは日本タイとなった開幕13連勝の時だろう。
9/7、後楽園での対南海戦。

この日門田博光に3ランを打たれるも粘りのピッチングで
9回まで投げ切った間柴。

しかし味方打線も山内孝徳の前に0封され8回終了時で
0−3のビハインド。

もはや間柴の連勝記録も潰えたかと思われた9回裏、
眠っていたファイターズ打線が怒涛の反撃を仕掛ける。

連打で繋ぎ、一挙4点を挙げ見事なサヨナラ逆転勝ち

苦労人・間柴に野球の神様はまたしても味方した。

奇跡と呼ぶに相応しい、そんな81年の開幕15連勝だった。


翌82年、初戦で勝ち投手となり連勝記録を16と延ばした
間柴だったがこの勝ち星を『前回』登板の方に回したかった
のが本音かもしれない・・。


それは81年の巨人との日本シリーズ

間柴は好投を見せるも8回、ホワイトの一発に沈み、
『敗戦投手』となっている。


ここに当時の貴重な映像があるので間柴茂有とゆう男が
どんなピッチャーだったのかその日の投球内容と併せて
振り返ってみよう。






個人的には後楽園球場最後の年となったの87年、
晩年の間柴が魅せた南海戦での圧巻の完封劇が強く
印象に残っている・・。


熱闘日本シリーズ1981年・巨人-日本ハム [VHS]
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