2012年03月31日

斎藤佑樹に捧げる言葉 【3.30 VS埼玉西武@札幌ドーム】


こんなに気持ちの良い勝ち方をした開幕戦は、一体いつ以来になるだろう‥


どうも昔から「予知夢」をみる傾向がある。この先起こることを事前に知れたら‥ 今よりもっと良い暮らしができていたのだろうけど、残念ながら私が見れるのは自分以外の人の未来。開幕投手に決まるずいぶん前から斎藤佑樹が「3.30」にお立ち台に立っている映像が脳内にインプットされていた。だから勝利するのは分かっていたのだけど、さすがに完投までしてくれるとは思わなかった。吉井コーチいわく、これが斎藤の持つ 「不思議なチカラ」なのか。


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最高の投球だった。運やまぐれだけであれだけの投球はできない。あんなに直球が走っている斎藤はプロに入ってから初めて見た。ただ、そのストレートの軌道よりも目についたのはストライク先行で、常にカウントを有利にさせていた投球術の部分。追いこんでから外角へ精度のよいスライダー、低めに落ちるボールくさい球を有効的に使って西武打線を翻弄。鶴岡慎也の直球主体に組み立てるリードも、この日の斎藤にハマっていた。


隙はほとんどなかったが、あえていうなら昨シーズン随分痛い目にあわされた中軸の中島・中村とまともに勝負できなかったことか。初回の四球連発のあとに5番・嶋の特大ファールには肝を冷やした。1点を怖がって傷口を広げてしまうのが最悪のパターン。シチュエーションによるが四球をだすくらいなら、ストレートで真っ向勝負を挑んでいったのが“ダルさん”のスタイル。プロ入り当初から直球の“質”にこだわっている斎藤だけに、目指す「最終到達点」はおそらくここだ。


“ダルさん”といえば 『背負っている』なんて言葉も、お立ち台で口にしていた。【抜けたエースの分まで】とか【将来チームの柱に】とか、そういう意味が含まれているのだろうけど、今はまだそこまで背負わなくてもいいと思う。まだ2年目だ。「3.30」もプロセスの一貫として捉え、段階を踏んで将来的にそういった存在になってくれれば良い。斎藤がその域に達するまで、チームメイトもみんな、待っている。

‥もし“持っている”の代わりに選んだ言葉なのだとしたら、斎藤らしからぬ?ネーミングセンス。少々語呂が悪い。本人が感じているほど(?)流行もしないのではないか。個人的に今の斎藤佑樹に捧げるとしたら 「向かっている」。ぜひ大エースの道を辿っていってほしい。


栗山監督の座右の銘が「夢は正夢」らしい。はたして栗山監督の夢は正夢となるのでしょうか。私も何かファイターズに纏わる「夢」を見ることができたら、またここでお知らせしたいと思う。




posted by 羽夢 at 13:39| Comment(6) | TrackBack(1) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

『左腕王国』 到来?

4月は連戦続きだから6人の投手でローテーションを回していくのだろうけど、その候補となっている顔ぶれを見てみると左3枚に右3枚。左右でバランスの取れた陣容になっています。長年ローテを張っている武田勝はともかくとして、吉川光夫八木智哉!キャンプの時からこの両左腕の調子がとてもよさそうです。

昨年こそわずか3試合のみの登板で終わってしまいましたが、八木が年間を通して働いてくれた2006年、2009年。チームは優勝しています。彼が今シーズン先発として機能してくれたら、ひじょうに大きいですよね。元々力はあるし、経験もある。秋までローテーションを保ってくれるようなら、ポストシーズンに強い八木の存在がよりクローズアップされることもあるでしょう。(日本シリーズ2戦2勝)

25日の千葉ロッテとのオープン戦で吉川の投球を見ました。時期的なのものなのか、それとも意図的に制球を重視したためか、球速はいつもより出ていませんでしたが、よくまとまっていた思います。この日多投していたチェンジアップが低めに決まっていました。彼のボールを見るたびに、どうしてここ数年1軍で勝てていないのか不思議になります。ただ、吉川のような速さがなくても毎年2桁勝利をあげている武田勝のような投手もすぐ近くにいます。やはり勝てる投手とそうでない投手の違いは制球力の差なのでしょう。得点にこそならなかったものの、無死から四球を与えてしまったイニングがありました。四球から崩れていく“悪癖”さえ改善できれば自ずと勝ち星が付いてくるはず。2012年は 「飛躍」のチャンスです。


中継ぎ以降の左腕も充実している印象。石井裕也は昨シーズン同様に安定してますね。心配はいらなそうです。宮西尚生はいい時ほどの球のキレはまだあまり感じられませんけど、それもシーズンに入れば徐々に増してくるでしょう。タイプはまったく異なりますが、昨年ロッテから移籍してきた根本朋久という投手も面白い存在です。できたら勝ちパターンで投入したい石井・宮西以外にもうひとり左がいると使い勝手がよいので、1軍に置いておきたい投手ではありますね。


先日ファームの試合で好投した乾真大も牙を研ぎながら待っています。一気に『左腕王国の様相を呈してきた』まではさすがに言い過ぎだと思いますが、バリエーションに富んだ左の好投手が多いのは事実です。

‥どこかで聞いたことのある響きだと思ったら、日本ハム球団となって初めて優勝した1981年、ファイターズは『左腕王国』 なんて呼ばれていたそうです。先発ローテの一角を占めた高橋一三さんが14勝、間柴茂有さんが15勝(0敗)、木田勇さんが10勝‥。なるほど、左腕投手3人でチーム勝利数(68勝)の半分以上にあたる39勝。当時はストッパーも江夏豊さんが務めていましたものね。

少々ハードルは高めではありますが、これくらいの心意気を持って、どうか先代の「左3本柱」に“2012年版”が少しでも近づけますように‥‥


posted by 羽夢 at 23:29| Comment(2) | TrackBack(1) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月20日

見えた「3.30」 斎藤佑樹


思いが通じました...


ファイターズの開幕投手が斎藤佑樹に決定したそうですね。ずっと『開幕は斎藤!』と言い続けてきて、なかには否定的なご意見をされる方もおられましたが、信念を貫き通してきました(笑)。だからといって安心した‥というのともまた違うかな。斎藤佑に決まって「楽しみが増えた」が適切な感じでしょうか。

栗山監督もコメントしていましたが、やはり斎藤にやってもらわねば困るのです。「開幕戦にどうしても勝ちたい!何がなんでも勝ちにいきたい」のなら武田勝にお願いしていたでしょう。ただ、目指すべきところはチームの「優勝」です。そのためにはダルビッシュのようなとなってくれる投手の存在は必要不可欠。

たしかに“今”の斎藤にそれだけの力があるとは思えないけど、今シーズンだけではなくて、もっともっと先まで見ているんじゃないのかな。現状、先発ローテーションが確定的なのは33才の武田勝とウルフ&ケッペルの両外国人投手だけです。数年先まで見据えて斎藤佑には是非ともファイターズの「柱」として育っていってもらいたい‥そういった願望も込められているのではないでしょうか。この人選はいわば『斎藤をエースに』という、栗山新監督の決意の表れです。決してエースに仕立て上げるのではありません。エースとして育てていくのです。似ているようで少し違います。


先ほど「楽しみが増えた」といいました。オープン戦の内容をみていて不安になる気持ちもわかるのですが、ここは逆転の発想‥


【佑樹で勝ってしまったら】


‥なんて考えたことはありませんか?武田勝で当たり前のように勝つよりも、もしも人気先行などと呼ばれている彼で勝利を収めることができたとしたら!チームは間違いなくノッていくでしょう。『やっぱり斎藤は持っている!』と、手のひらを返したように人々は言い、我々には勇気と希望をもたらしてくれる一勝となるのです。エースの涌井相手だろうが野球に「絶対」はありません。可能性は十分にあります。こう考えてみると、楽しくないですか?


斎藤佑樹ならきっとやってくれるでしょう。そう疑っていません。何か思うことがあった方もいるかもしれませんが、まずは開幕戦での結果を楽しみにしていてください。今の私に見えるのはかちどきをあげている、ファイターズの背番号「18」の姿‥


posted by 羽夢 at 23:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

宮西尚生がいる日本ハムファイターズ‥

ぼんやりと宮西尚生のことを考えていました。考えれば考えるほど、やっぱり宮西って【最強】なんですよね。これほどまで安定した成績をコンスタントに残す左投手が、今までファイターズにいたでしょうか。プロ1年目から、しかも中継ぎ専任として。本当に頼もしく、すばらしい投手です。

昨シーズンは前の投手がためたランナーを還してしまう‥ なんてケースも目立って、なんとなく「不本意な1年だった」という印象もあるようだけど、それでも4年連続となる50試合以上に登板して防御率が2.21でしょ。立派な数字ですよね。投球回数(53)を上回る奪三振(56)も目を見張ります。


ただ、昨シーズンは無死からの不用意な四死球だったりがやや目についたでしょうか。死球を含めたWHIPが榊原諒が【0.98】増井浩俊が【1.08】宮西の場合は【1.13】となるから、それなりに走者を許してしまった計算になります。死球が8個というのも厳しく攻めにいった結果とはいえ、イニング数のわりには多かった気もしますよね。

春先の低迷もイメージを悪くしてしまった要因のひとつです。被弾してトントンと黒星が付いてしまったのだけど、それぞれ今江(M)と松田(H)、右打者に浴びたもの。左キラーの宮西にとってはある程度はやむを得ない部分もあったでしょうか。それでも一時は4点近くまで落ち込んだ防御率を、2点台前半までに持ち直すくらい、中盤戦以降は復調してきました。


以前テレビの解説で光山英和氏がよく言っていた言葉を覚えています。

『緊迫した試合展開ではいい投球をするのだけど、そうでない時は単調になる』

こういうのは(ややお調子者の気がありそうな?)性格の問題なのでしょうか。私にはよくわかりませんが(笑)。それにしたって左バッター全盛のこの時代で、宮西のような存在は大助かりですよね。昨年首位を争ったホークスの上位打線、川崎・本多あたりにはほとんど打たれた記憶がありません。いつも同じ精神状態でさえ臨めれば、彼の抜群な球威をもってすればきっと右バッターだって楽に牛耳れるはずです。


20年近くファイターズ「中抑え部門」のサウスポーを見てきましたが、安定感という点では宮西が抜きんでている印象。ハッキリ言って 最強です。だから北海道に移転してからのファンが羨ましいです。宮西のような投手がいてくれて。東京後楽園時代にもし彼がいたら、おそらく何試合かモノにできていたでしょう。もしかしたら優勝もしていたかもしれません。それほどのレベル!

宮西尚生がいる北海道日本ハムファイターズ、どうぞ誇りに感じてください。今シーズンの活躍も期待しています!


posted by 羽夢 at 21:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

球道無頼 -こんな野球をやってきた-


親分に助けてもらいました


たまたまその日、気分的に落ちていてなんとなく凹んでいました。ふとしたきっかけで【球道無頼】という一冊の本と出会い、目の前がパッーと明るくなりました。心の底から笑っていたんですね。そこからジンワリと『あぁ、こんな人だったよなぁ』って、あったかい気持ちになっていって‥

皆さんもよくご存知で、ファイターズの監督を務められていたこともある大沢啓二さん。この本はかつて週刊プレイボーイに連載されていたのをまとめたもので、ご自身の野球人生を振り返っています。大沢さんの言葉をそのままライターが書き記したような文体で、あの「べらんめぇ」が全開!生前のお姿が目に浮かんでくるような本になっています。






立教大時代やファイターズ監督時代のエピソードはテレビなどでよく語っていたので、ある程度知識を持っていたつもりだったのですが、南海ホークスでの現役時代、とくに東京オリオンズでの監督時代は今まであまり耳にしたことがなかったので目から鱗でした。そうなんですよね、親分は私も一度行ってみたかった、オリオンズが 「東京スタジアム」にいたころに監督を務められていました。そこでの思い出話や永田雅一オーナーの人物像について触れていたり、2軍監督時代の優勝旅行秘話、試合中に得津選手を“ぶん殴った”エピソードも傑作でした(笑)

現役時代は鶴岡一人監督や同僚の野村克也さんはもちろん、それからのちにファイターズでも師弟関係となる、村上雅則さんに関する裏話も大変興味深いものでした。伝説の御堂筋パレード、ビールかけにまつわる“トリビア”も一読の価値あり。


ファイターズの監督になってからも新しい発見が数多くありました。まず監督就任の経緯。水面下で太平洋監督就任の話が進んでいたとか、その他にはオールドファンなら気になっていたであろう、『なぜあれほどまで大胆なトレードを敢行したのか?』 『木田勇はなぜ2年目は不調に陥ってしまったのか?』などの理由を親分が赤裸々に語ってくれています。

一番驚いたのは、1981年の巨人との日本シリーズ第2戦。8回に間柴茂有投手がホワイトに逆転2ランを浴びてしまい、チームは敗れてしまうのですが、その直前に何かを嗅ぎ取った親分がマウンドに向かっていたということ。これは当時の記録やVTRの一部をみてるだけでは知りえませんよね。ここでもまた『間柴のヤローが俺の忠告きかねぇから‥』なんて愚痴が始まってしまうんですけど‥(笑)。それと翌年のプレーオフの際に日ハムナインが泊まったホテルが『掘っ立て小屋』(親分談)だったそうで、一体どんなところだったのか気になってしまいました。


そうそう、監督時代に自らが獲得に動いた江夏豊さんのチーム内での“扱い”に、当時そうとう苦労されていたみたいで、その江夏さんと立教時代の後輩・長嶋茂雄さん。それぞれ両者と対談した模様も収められていて、なんとも贅沢です。ミスターがタジタジになってしまう人って、あのころは親分ぐらいじゃなかったのかな(笑)

極めつけは日ハム常務時代。PL学園・清原和博に送ったという手紙の存在、イチロー選手がファイターズのユニフォームを着ていた可能性もあったという、仰天エピソード‥。驚きの連続でした。


本書は“暴力ネタ”もたくさん出てくるんだけど、『俺たちは命張って野球やってんだ!』で周囲を頷かせて、ガハハと笑い飛ばせてしまうのは球界広しといえど、大沢親分だけでしょうね。懐かしくて笑えて楽しい良書だけど、どこか今その親分がいないのだと思うのとやっぱり少し悲しくもなってきて。活字だけじゃ物足りなくて、また会いたくなってしまいます。

以前、モルツのイベントかな。東京ドームの関係者通路で江夏さんとの“ツーショット”に遭遇したときはビビりました。それこそ 「親分・子分」みたいな感じで、恐ろしかったぁ(笑)。でもあの二人を間近に見ることができて、野球少年のように興奮してしまったのをよく覚えています。

これを書いているうちに、また泣けてきてしまいました。大沢啓二さん‥ アッパレな野球人生!とくと見届けました。本当にありがとうございました。




posted by 羽夢 at 16:18| Comment(3) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月10日

目指してほしい 【平成版・開幕男】

今週札幌ドームで行われていた千葉ロッテとのオープン戦。森内壽春近藤健介といった新人選手の実戦での姿を初めて目にした。ともに結果を残していたし、早い時期から戦力になってくれる可能性もありそう。近藤に関しては「素材」のよさが光った。速球にくらいついていくシュアの打撃にも目を奪われたが、何よりミットを構える姿がとても高卒ルーキーのそれとは思えない雰囲気があった。キャンプのころは大嶋匠ばかりが注目されていたけど、これほどの選手が他にも新人でいたというのだから驚く。

先発投手は6日がケッペル、7日がウルフ。ともに今シーズンもローテーションの一角を担うであろう助っ人両右腕。ケッペルという投手は在籍2年で連続して2桁勝利を挙げているのだが、1年目は前半戦がよくて後半精彩を欠き、昨シーズンはその逆だった。年間を通してやや調子の浮き沈みが激しいタイプ。それよりまず『調子がいい日と悪い日がハッキリしすぎている』といった方が適切だろうか。俗にいう「悪いなりの投球」ができない。だから早々KOされてしまうシーンもわりと目についた。それでもリーグ1位の援護率【5.19】で14勝6敗という一見すばらしい成績を残せた。昨年8月18日のマリーンズ戦などはその典型だろう。2回で8失点もした。それでも打線が奮起して終盤に追いつき、ケッペルには黒星が付かなかった。試合の中での修正能力を身につけるとともに、それと2011年は【0】だった完投も、今シーズンはリリーフ陣の負担を減らす意味で少しでも増やしていきたい。もともとスタミナはある方なのだから。


そういえば吉井投手コーチはこのケッペルを開幕投手に推しているらしい。理由は 『長いイニングを投げられ、回復力が早いことが開幕投手の条件』とのこと。昨年までなら文句なしにダルビッシュ有だった。その「絶対的」だった投手はもういない。開幕投手‥ 誰になるのだろう。9日付けの北海道新聞でこんな記述を目にした。


開幕を誰にするか、栗山監督が悩んでいる。武田勝、ケッペル、斎藤の3人から選ぶとみられるが、30日の西武との開幕戦(札幌ドーム)が3週間後に迫った段階でも決断に至っていないもようだ。背景には「開幕投手をエースに任せるとは限らない」という独自の野球観がある。 「内容だけで考えるなら簡単だが、そうはいかない」。4日のヤクルト戦で武田勝が3回無失点に抑えても栗山監督の歯切れは悪かった


記事を見るからにはいかにも「斎藤佑樹に任せてみたい」という、監督の意向が伝わってくるようだ。過去の実績から“エース”をイメージするのは3年連続2桁勝利の武田勝だろうか。オープン戦でも無失点を継続中の左腕だが、どうも決めかねている模様。

この記事の中にあった野球評論家・金村暁氏によると「相手の投手力が落ちる2戦目以降にエース級をぶつける作戦は十分考えられる」。たしかにこの作戦もアリだ。それと他にはこういった思惑も働いているのではないか?と私はみる。


【勝って“より”弾みを付けられるピッチャー】


となると、やはり誰よりも注目度が高い斎藤佑が敵任なのだ。もちろん昨年の勝率からいって武田やケッペルに比べると勝つ確率が低くなることも考えられるが、いいのではないか。いい試合をできれば勝敗にそこまでこだわらなくとも。たかが1/144だ。あのダルビッシュだって開幕戦3連敗中で通算1勝3敗。2009年はいきなり楽天に3タテを喰らっても優勝できた。1試合くらい落としたってどうってことない。

仮にチームが勝利すれば、もし涌井に投げ勝つようなことがあれば、間違いなくファイターズはノッていける。今季ますます斎藤佑の新エースとしての可能性に、賭けてみたい気持ちになってくる。


2002年がどちらかといえばそれに近かった。当時の大島康徳監督は岩本勉を開幕投手に指名した。大島監督は『チームを引っ張るリーダーが欲しい』として、前年7勝しかあげられなかった岩本を抜擢した。絶対的なエースがいなかったという背景もあったにせよ、ムードメーカーだった彼を選ぶことによってチームの士気をあげさせる狙いもあったのだろう。


ダルビッシュが開幕戦に(だけ)弱ければ、昔ファイターズには開幕戦に“強い”投手もいた。1985年から1987年までの3年間、開幕投手を務めあげ、無傷の3連勝を飾った津野浩投手。個人的にはぜひ斎藤佑にここを目指してほしいと思っている。昨シーズン4万人以上詰めかけた超満員の本拠地・札幌ドームでは3試合に登板して2勝0敗。アマチュア時代からもそうだったように 「注目の一戦」になればなるほど、力を発揮するタイプ。栗山監督同様?やはり私も斎藤推しなのだ。あとはファンも納得できるような結果を早くオープン戦で残し、満を持して3・30に“登場”してきてもらいたい。


posted by 羽夢 at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月05日

永遠の一球 -甲子園優勝投手のその後-

4日の札幌ドーム、東京ヤクルト戦。NPBに戻ってきた正田樹投手が登板したようですね。なんでも実際に同球場のマウンドに上がり、打者に向かって投げたのはファイターズに在籍していた2005年以来なんだとか。これには本人も感慨深いものがあったでしょうね。同じく以前ファイターズに在籍していた木下達夫投手も登板したそうですし、小川監督の粋な計らいに、さぞスタンドも湧いたことでしょう。


試合を観戦できなかった私は先週末、移動時間の退屈しのぎに読書をしていたのですが、偶然にもその本には正田が歩んできた野球人生が書かれていました。「永遠の一球 -甲子園優勝投手のその後-」。 タイトルの通り、かつて甲子園で頂点を極めた投手たちの“その後”が描かれています。


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本書で取り上げられているのは以下の選手です。

1980年優勝  愛甲猛 (横浜高→ロッテ→中日)
1974年優勝  土屋正勝 (銚子商→中日→ロッテ)
1989年優勝  吉岡雄二 (帝京高→巨人→近鉄→楽天)
1982年優勝  畠山準 (池田高→南海→横浜)
1999年優勝  正田樹 (桐生第一高→日本ハム→阪神→興農)
1984年優勝  石田文樹 (取手第二高→日本石油→大洋)
1991年準優勝 大野倫 (沖縄水産高→九州共立大→巨人→ダイエー)
※右は出身校とその後の主な球歴


ご覧のように大野倫さんだけが準優勝投手なのですが、この方も甲子園でのエピソードには事欠きませんからね。順当な“ノミネート”といえるでしょう。この手の関連本によく登場してくる正田。ファイターズ退団後は自由契約あり、台湾球界に渡ったりと、わりと波乱万丈の野球人生を歩んでいてその時の心情なども記されています。優勝投手の「肩書き」以外に、松坂大輔とダブらせていた周囲の視線やプロ入りの後のファイターズとタイガースでの“扱われ方”の違いに、苦悩していた時期もあったそう。松坂とは容姿が似ていたことで優勝時、ちょっとした話題になっていた記憶がありました。不思議とプロに入ってからはほとんど言われなくなりましたけど、やはり私の“記憶違い”ではなかったようです。


横浜高の愛甲投手や甲子園で江川卓に投げ勝った土屋投手はけっこう有名ですよね。特に愛甲さんは自分の半生を綴った本も出してますし。土屋さんはロッテ在籍時の話が大変興味深いものでした。吉岡雄二さんの項は読んでいると 『あぁ..この人は本当に野球が好きなんだぁ』 というのがしんみりと伝わってきます。楽天退団後に単身で渡ったメキシコでの生活・現地の人との交流話は心が温まります。


筆者が特に関心を持ったのは池田高の畠山準さんと取手二高の石田文樹さんについて。両投手が甲子園で輝いていたシーンは私もまだ幼かったので、リアルタイムでは見ていないのですが、この近辺の時期の「高校野球」って相当な盛り上がりをみせていたそうですね。愛甲と決勝で投げ合った荒木大輔、その荒木を打ち崩した池田打線。池田を負かした全盛時代のPL学園に勝ったことのある、取手二高‥

本書にでてきた球児たちが複雑に繋がっており、ある種の「ドラマ性」を感じました。84年夏の決勝で敗れた1学年下の桑田真澄が石田さんの家を訪れにきたというエピソード、早稲田大を中退していたという事実も初めて知りました。そして壮絶だった闘病生活も‥。 取手二高のような自由奔放(すぎる)チームは、もう甲子園では見ることも叶わないと思います。石田文樹さんのご冥福をお祈りいたします。


畠山さんはベイスターズ時代、中心選手として活躍していたのをよく拝見していました。投手をされていた池田時代をみたくなり、さっそく当時の映像を確認してみました。本の中にもありますが、堀内恒夫似のダイナミックな投球フォーム!いかにも「本格派投手」の姿がそこにありました。打線が超重量級なら、エースも豪快な“池田らしさ”があって、なんかいいですよね。野球漫画みたいな夢があって。

プロ入り後になかなか芽がでなくて腐りかけそうになったとき、指導者を含めて『周りの人たちに恵まれた』と何度もおっしゃっていました。色々な噂が飛び交っていましたけど、ダイエー・田淵監督と畠山さんご本人との“やり取り”もここで知ることができます。「リストラの星」とも一時期呼ばれていましたが、 ここではそういった野球面以外で気づかされることも多いです。


それでは本書で印象に残った文章を最後に。

【この甲子園優勝投手に対してここぞとばかりマスコミは“不運”“悲運”の活字を躍らせる。輝かしい栄光に陰りが見え始めてきたときこそ、“不運”“悲運”が逆にクローズアップされるからだ】 ※P143

マスコミが“その後”をどんなに面白おかしく書き立てようとも、私たち野球ファンにとって【甲子園優勝投手】たちの栄光の記憶が色あせることは決してありません。だから、“その後”にどんな困難が待ち受けようとも、優勝投手の名を誇りに感じて、負けずに乗り越えていってくれるのを、切に願います。


posted by 羽夢 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月02日

阪神タイガース発 【ハムな人】


セ・パ交流戦における、ひそかな楽しみ‥


『タイガースファンがどれくらい球場を埋めるのか?』 これが毎度ひじょうに興味深いのです。パのホームでも7〜8割方、虎党たちがスタンドを占拠してしまうこともあります。だから大体どこに行っても黄色一色。7回の六甲おろしがかかって、ジェット風船を打ちあげる時なんかはまるで甲子園にいるかのような錯覚さえ覚えてしまいます。この「甲子園化」してしまう光景が、筆者の“ツボ”なんです。もっとも現地にいる、ホームのファンはあまり気分のいいものではないでしょうけど。


感動の光景です‥


でもどこに行っても大勢駆けつけてくれるタイガース戦は“ドル箱”カードとなって、各球場・各球団にとってもありがたいだろうし、何より阪神ナインは心強いかぎりですよね。本当に幸せな選手たちだと思います。入団したいアマチュアの選手が多いのもよくわかります。

その一方でタイガースからファイターズに来た、ある選手が過去にこんなような言葉を口にしていました。


『お客さんの少なさに衝撃を受けた』


そりゃそうでしょうね。タイガースと比べられたら‥(苦笑)。北海道に移転してだいぶ状況は改善されましたけど、東京にいた時代は土日でも何千人とか、そんなレベルでしたから。4万5万が“日常”の甲子園からなら 衝撃の一つや二つも受けてしまうでしょう。そこで「観客数」という点において、この究極ともいえる“落差”を体感した方々、タイガースから直に移籍してきたファイターズの選手を、ちょっと調べてみました。


1976-1982 村上 雅則 (→東田正義)
1976    後藤 和昭 

1982-1984 榊原 良行 (→宇田東植)
1988    藤原 仁  (→岡部憲章)
2000-2001 竹内 昌也 (→根本隆輝)

2003-2011 坪井 智哉 (→野口寿浩)
2003-2004 伊達 昌司 (→中村豊)
2003-2005 山田 勝彦 (→下柳剛)

2007-2008 金澤 健人 (→正田樹)
2008    中村 泰広 (→金村曉)
※日本ハム球団となった1974年以降


マッシー村上さんはタイガースには1年しか在籍していなかったので、それほど馴染みがないかもしれません。ファイターズにきてからは一昔前の下柳剛のように、先発・抑えにと大車輪の活躍をしてくれました。南海→阪神と渡り歩いてきた村上氏にとっては初めての在京球団でしたね。


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1970年代後半、内野の準レギュラーとしてタイガースの一時代を築いた榊原良行さん。宇田投手との交換で1982年にファイターズにやってきました。背番号は「31」。現在は台湾の球団の指導者をされているそうです。

2000年のシーズン途中に根本隆輝とのトレードでやってきた竹内昌也さん。成長著しかった根本選手は個人的に好きでしたので、このトレードが決まったときは残念に思いましたが、それでもタイガースで2桁勝利の経験もある、竹内投手が相手ということで納得させました。 が、ファイターズでは勝ち星をあげることはできませんでした‥


最大のハイライトは坪井・山田・伊達、虎3選手が一気にやってきた2002年オフの大型トレード。坪井選手は長年にわたり、チームの中心選手として活躍してくれました。SHINJOとの「元虎コンビ」も華があってよかったですよね。伊達投手も一時期はストッパーの大役を担ってくれましたし、良いトレードになりました。

その反面、生え抜きの正田樹・金村曉を放出したトレードは双方の球団にとって成功したと云い難く、残念な結果となってしまいました。特に貴重なサウスポーとして、中村泰広投手には球団も大きな期待をかけていたのですが。


こうして振り返ってみると、2000年以降タイガースからの選手が増えてきてますね。札幌のファンも熱烈で大勢ファンが詰めかけていますので、以前ほど観客の数で「ギャップ」を感じることもないと思いますけど。

日本ハム球団になってからはジャイアンツとドラゴンズとしか日本シリーズで当たっていないので、伝統あるこのタイガースとも、ぜひ一度秋に対戦してみたいものです。はたしてそのときの札幌ドームも“黄色”で埋め尽くされてしまうのでしょうか。
‥そうならないように、我々ファイターズファンも頑張りましょう!


posted by 羽夢 at 20:41| Comment(2) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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