2012年02月07日

『松井秀喜』 だったとき

自分、あの曲好きなんですよ。

『39度のとろけそうな日 炎天下の夢 Playball Playgame!!』

ずっと“36度”だと思いこんでいた、センチメンタル・バスの「Sunny Day Sunday」。よく考えてみたら36度くらいじゃ人間とろけたりはしませんもんね。本当にリズミカルな曲で聴いていると2分30秒という時間がアッという間に過ぎ去っていきます。歌詞の中にある‥

『でもね えっとね うまく言えないけど〜シアワセだ!!』
‥なんかいいなぁココ。


この曲が発売されたのが1999年。今からもう13年も前になるのですね。99年の野球界といえば正田樹の桐生第一高校が甲子園で群馬勢初の優勝、松坂大輔・上原浩治の両ルーキーがプロで鮮烈なデビューを飾り、ダイエーホークスが球団初の日本一、そして松井秀喜がプロ入り初の40本の大台に乗せた年でもあります。

そう、もうお分かりですね。最初からこの松井秀喜のことについて触れてみたかったのであります。どうも回りくどくてすみません。何やら新聞紙上を賑わしていましたよね。『栗山監督が松井の獲得をフロントにお願いしている』みたいな記事。まったく現実味はありませんけど、ファンの勝手な妄想は自由です(笑) 1%でも可能性があるうちに、今日はその松井の思い出などについて、ちょっと語ってみようと思います。


やっぱり松井がいたころ一番見てたんですよね。当時の我が家はCS放送が視聴できなかったので、仕方なくG戦を‥。よく船越アナあたりが 『ゴ〜ジ〜ラ!』大絶叫していた、あの時代。中畑清氏に『松井は髪を気にしすぎ』なんて、“解説”されていたこともありました。ゴジラだって髪は気にします。


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“ゴジラ”といえば生前に家の母親がこんなことを言っていました。 『あのゴジラの登場曲、内心本人は嫌なんじゃないか?』 母親いわく「松井だって年頃なんだし、本当はもっとカッコイイ登場曲の方がよかったはず!」そんなニュアンスでした。今思うと、それよりも何よりも「子供に喜んでもらえるのなら‥」という思いが、松井自身の中では一番にあったのではないでしょうか? あくまで推測ですけど。

“人間性”といった部分では野村克也氏がよく褒めていましたよね。『松井はよう人間ができとる』みたいな。1視聴者として私がソレを垣間みたのは、1999年のタイガース戦。メイという投手から死球を受けて、珍しく怒りをあらわにしていました。松井はその試合で殊勲打を打ってお立ち台に上がり、 壇上で『今日は珍しいこともやっちゃいましたけど(笑) にこやかに、まるで笑い話でもあるかのように話していたのがとても印象的でした。懐の広さはそれこそゴジラ級かもしれません。


こんな人間的にも素敵な松井選手だから、栗山監督が欲しくなってしまうのも当然です。少しの間だけ、札幌ドームで火を噴く「ゴジラ松井」を夢見ていたい、如月の夜‥


≪追伸≫
並行して中日や横浜で活躍した門倉健投手の入団テストが決まったそうですね。彼とは同郷なので、個人的に応援したい気持ちはあります。ただ、ひとつ言えるのは門倉はとても 「愛すべきキャラ」です。これは保証します(?) 野球とはあまり関係ありませんけどね。






posted by 羽夢 at 22:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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