2012年01月29日

「勝率10割」投手を冒涜するライター

「にわかファン」とか「にわかオタク」って、呼ばれる人いますよね。何にでも興味を持つのはいいことだし、別にそれを否定するつもりはないのですけど『にわか仕込み』の知識を振りかざす‥のはやめてほしいですよね。特にマスコミ関係の方とか、ライターの人たち?


『杉内俊哉と工藤公康がダイエー時代に一緒にやっていた』
『落合博満からポジションを奪った小笠原道大』


これらは以前、実際にテレビでアナウンサーが言っていたことです(杉内が即座に否定する一幕有り)。公の場で真実ではない情報を流すのだけは、つくづくやめてほしいですよね。彼らは「伝える」を仕事にして、金銭を手にしているのだから。


「野球の記録で話したい」という、広尾晃さんが運営しているサイトでこんな記述を見つけました。

1981年に間柴茂有が勝率10割を記録。大洋、日本ハム、ダイエーで投げた。スリークオーターの細身の投手だと記憶している。81年のこの記録には、宇佐美徹也さんが「狙って取ったもので価値は低い」とかみついていた。宇佐美さんにしてみれば杉浦忠の38勝4敗こそが神聖な勝率の記録であり、間柴はそれを冒涜するものだ、という思いだったと思う。間柴は通算81勝83敗と負け越している。この年がフロックだと言われても仕方がないところだ。 投手、圧勝の記録より


広尾さんよりもまず、この宇佐美徹也さんが言っていたとされる 『狙って取ったもので価値は低い』という言葉に耳を疑ってしまいました。勝率10割なんか、狙ったってできるものではないでしょう。ましてや間柴茂有さんは先発専門の投手です。

規定投球回数到達後も投げ続けました。到達後に登板を回避すればそれは「狙って獲った」とも言えます。ただ、チームが優勝争いをしている最中で、先発の柱だった間柴さんはマウンドに立ち続けなければならなかったのです。それこそ当時の監督・大沢啓二氏にケツをひっぱだかれながら。 ※間柴茂有wiki参照


宇佐美さんは記録、いや“数字”でしか間柴さんの「1981年」を見ていないのでしょう。通算の記録を持ちだしてくる広尾さんもしかり。防御率だけをみればたしかに3点台(3.46)。それでも 「負けないピッチング」を積み重ねてきたのです。結果の勝率10割。それを『価値が低い』とはいかがなものか。戦後は間柴さんただ1人しか達成していない、実に神聖な「記録」なのです。むしろ冒涜されたのは間柴さんの方ではないでしょうか。


そこにあった真実と、語り部ならぜひ数字に現れないような“物語”も、後世に伝えていってほしいと願います。



posted by 羽夢 at 21:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

『スーパーダルビッシュ』

24日に開かれた札幌ドームでの公開会見の場で、メジャーへ旅立つダルビッシュ有が語っていた言葉。

『求められているのは違う環境、メジャーなのかなと思った』

『僕はすごい、勝負がしたかった』


なるほど‥。この男には「サイヤ人」の血も混じっているのかもしれない。人気漫画・ドラゴンボールに登場する孫悟空ベジータなどといったサイヤ人は相手が強ければ強いほど、戦闘意欲をかき立てられ、燃えるタイプの男たちだった。ひとたび「打倒○○」という目標が定まると、そいつを倒すことが己の使命だと感じ、無謀とも思えるような戦いにも挑んでいく‥。もうこうなってしまったら、周囲の制止なんか無意味となす。


私たちが求めているような“平穏無事”な生活は好もうとはしない。この平穏無事をドラゴンボールの世界で例えるならば地球。すでに地球の頂点を極めていた孫悟空は、やがて宇宙へと飛び立っていった。この宇宙にあたる部分をダルビッシュ有のケースに当てはめると「メジャーリーグ」ということになる。


孫悟空は地球を出て、サイヤ人の“限界”をも超えてしまった。サイヤ史上、誰もその域に踏み込むことすらできなかった、あの伝説の 「スーパーサイヤ人」と化してしまう。もし地球にとどまっていたなら、決して打ち破ることのできなかった高い、高すぎた壁。


『世界中の投手の中で、ナンバー1だといってもらえるようになりたい』 と云ったダルビッシュ。北海道日本ハムで世界一の投手を目指すのも、見ている我々にとっては悪くない話だが、「スーパーダルビッシュ」になるためには、やはりそれ相応の“ステージ”が必要になるということなのだろう。「伝説」になるくらいだったら、みんな見てみたい。


向こうは強敵揃いで血も騒ぐ。これが孫悟空ならまちがいなく 『ワクワクする』と表現する。ダルビッシュの心境も同じはずだ。日本のようにはいかないことも、時にはあるかもしれない。それでも相手にやられる度に戦闘力が増していくのがサイヤ人の特性でもあった。きっとダルビッシュなら乗り越えてくれるだろう。

‥それと下世話になるが心配しなくて良い。孫悟空だって“単身”ナメック星に乗り込んだのだから。



posted by 羽夢 at 21:55| Comment(1) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

土井正博 【悲運の大砲】 -野球カード語り-


【田中幸雄と初芝清の共通点】

ともに現役最終年にチームが優勝したんですよね。初芝にいたっては自身初の優勝経験。それぞれ22年と17年という、長いプロ生活‥。その多くを低迷したチームの中心選手として、常に支え続けてきました。野球の神がいるとするならば、これは2人に与えた「ご褒美」だったのかもしれませんね。

一方で“同種”の神から見放されてしまった感すら受けてしまう選手が、歴代12位の通算465本塁打を記録した土井正博氏。名球界プレーヤーでもあり、指導者としては清原和博松井稼頭央の「恩師」であることも有名です。

近鉄バファローズ時代はプロ2年目から4番に座り、以後も主砲として活躍し続けながらも、チームは万年Bクラス。1975年にこれまた当時はBクラスが指定席だった、太平洋クラブライオンズに移籍。後年、古巣が連覇を果たすような強豪球団となっていたのは皮肉。1981年を最後にユニフォームを脱ぐと、その翌年にチームは西武ライオンズとなってからは初となる、日本一の栄冠を手にする‥


実働20年にも及んだプロ野球生活のなかで、結局日本シリーズの舞台に立つことは一度もありませんでした。そのときのチーム状況などによって「優勝経験」がない選手は球界にも多数いますが、土井氏のような名球界プレーヤーにもなって美酒を味わえなかったのは、野手では他にタイガースで活躍した藤田平氏くらいです。


『コーチ時代に何度も優勝できたんだからいいじゃないか』 なんて見方もあるかもしれませんけど、やはり現役時代のそれとはまったく違うのでしょうし‥。これは土井氏の太平洋時代の貴重な一枚(コレクション)です。


doi.masahiro.jpg


当時のライオンズは今とは対照的に、真っ赤なユニフォームで戦っていたのですね。折しも土井氏が太平洋に移籍した1975年はカープの『赤ヘル旋風』が巻き起こっていましたが‥

誰かの代名詞ではないけど、それこそ「悲運」 だったとしか言い様がありません。



posted by 羽夢 at 19:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

高卒投手の実情 【北海道日本ハム】

ファイターズは『育成に力を入れている』とか『若手選手の育成が上手な球団』なんて言葉を、近年よく耳にするが、はたして本当にそうなのか?ちょっと気になった事柄があり、調べてみた。これは2000年以降、別格だったダルビッシュを除く、高卒でファイターズに入団してきた投手と昨シーズンまでの通算成績。


2002 D3   鎌倉健(退団) 7勝7敗 
2003 D2   須永英輝(現巨人) 0勝3敗
2003 D6   金森敬之 5勝3敗
2005 高D3  木下達生(現東京ヤクルト) 2勝2敗
2006 高D1  吉川光夫 6勝18敗
2006 高D3  植村祐介 0勝0敗
2006 高D4  ダースローマシュ匡(退団) 0勝1敗
2007 高D3  津田大樹(退団) 1軍試合出場なし
2007 高D5  松山傑(退団) 1軍試合出場なし
2007 高D6  豊島明好(退団) 0勝0敗
2007 高D7  浅沼寿紀(野手転向) 1軍試合出場なし
2008 D4   土屋健二 0勝0敗
2009 D1   中村勝 1勝3敗
※成績はすべて北海道日本ハムでのもの


13投手、合計の白星が21勝。これが多いか少ないのかは分からないが、ちなみに成田高からマリーンズに入団した唐川侑己は4年間で28勝をマークしている。

一層の投手力強化のためか、大卒以上の即戦力候補の投手を指名する比重の方が高く、人数そのものは決して多くない。ただ、眺めていて目についたのはせっかく「高校生ドラフト」といった制度があったのにも関わらず、それをうまく活かしきれていなかったことだ。2007年入団の4投手のうち、すでに3選手までもがチームを退団し、残っているのは外野手に転向した浅沼寿紀、1人だけである。

ドラフト上位で獲得した須永英輝が結局プロ未勝利のまま巨人に移籍してしまったのも意外といえば意外だったし、10代の時から颯爽と勝ち星をあげた木下達夫・吉川光夫のその後の伸び悩みも大いに気になるところ。金森敬之こそ中継ぎとして脚光を浴びた時期もあったが、まだ年間を通しての活躍はない。こう考えてみると高校出でファイターズに入団し、“成長を遂げた”選手は皆無と云っても差支えないだろう。


そんなこともあってかなくてか‥ 2011年も高卒では上沢直之(専大松戸)の指名のみにとどまった。常勝チームでありつづけるために、若手投手の成長及び台頭は必要不可欠。今年は素材の良い高校生投手が揃っていると聞くし、チームの将来のためにはこういった選手を獲得していくのも非常に大事になってくる。弱体化してからでは「素材重視型」のドラフトだなんて、云っていられなくなるのだから。


現状に目を向けてみる。先の上沢。それこそ唐川ばりの綺麗なフォームから投げ込まれるストレート、カーブのキレは一級品。体力をつけて2、3年後にはローテーションの一角を担えるようになってほしい。3年目の中村勝はダルビッシュの“代役” 候補筆頭だろう。勝ち星こそ付かなかったが、昨シーズン終盤での投球内容はよかった。もう一段階、直球に磨きをかければエースの穴を埋めてくれる可能性も秘めている。毎年のように首脳陣から期待をかけられている左腕の土屋健二吉川光夫もそろそろ一本立ちをしなくてはならない。


上沢直之投手



昔の話で恐縮だが以前、船橋法典高からファイターズにドラフト外入団した松浦宏明投手はのちに最多勝に輝くほどの選手に成長した。こういった“叩き上げ”の選手を久しく見ていないような気もする。

‥高卒投手たちのサクセスストーリー 、求ム!



posted by 羽夢 at 21:02| Comment(4) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

ダル移籍! 【急転直下型】トレード大胆予想

ダルビッシュ有投手のレンジャース入りが決まりましたね。メジャー挑戦の夢がかなって『おめでとう!』を言ってあげたいところですが、やはり根本は「日本ハムにいたから」好きでしたし、心から応援できていたので、正直複雑な気がいたします。まだ「ユニフォームが変わっても‥」などと、綺麗事をいえる心境ではなく‥ すみません。

ダルビッシュ投手個人についてはまた落ち着いてから触れるとして、早速球団に“動き”が見られましたね。なんでも川上憲伸井川慶ら「日本人メジャーリーガー」の獲得に乗り出すんだとか。まぁ彼らがどうのこうのではなく、この姿勢については感心というか、安心をしました。





この時期にもなると日米の球団がほぼ補強が完了していることもあって、FAなどによる大物選手の獲得は困難ですし、今オフに関しては『目立った動きも見られないのでは?』と、個人的に感じていました。ただ、現状をみると毎年のように2ケタ勝利(2ケタ貯金)を見込めていた投手の流失は相当な痛手で、このままならCS圏内の3位以上すら2012年は危うくなってきます。ましてや栗山英樹監督も就任1年目で、今季に賭けたい思いもあるでしょう。少しでも上位を狙うならやはりピッチャー、特に先発型投手の補強は必須です。


まず川上投手。昨シーズンは満足な投球ができていませんでしたし、肩を痛めていた点も気掛かりです。体調が万全ならそれなりには勝つかもしれませんけど。それと川上は背番号「11」にこだわりがあるそうですが、どうでしょう。球史に名を残した大投手のあとを継ぐだけに、できれば生え抜きに背負わせるか、本音をいわせてもらえばファイターズ球団における「11」番は準永久欠番にでもしてほしいくらいなのですが‥。

井川投手はつい先日の報道では「日本球界の復帰はない」とありました。タイガースを去ってからしばらく経つし、最近の投球を見ていないので何とも言えませんが、まだ年齢も若いですし、左腕投手であるというのも魅力的ではありますよね。たしかに補強ポイントと合致する選手ではあります。


それからデイリースポーツに掲載されていた記事。


「ダルビッシュと同等のピッチャーを取ろうと思うと、それ相当の出血をしないといけない」と島田球団代表。日本人大リーガーをはじめ、外国人、トレードなど、あらゆる方法を視野に入れながら、最善の手を打つ構えだ


出血覚悟の?大型トレード案。ファイターズに移籍してきた選手がおもうような結果を残せていない、近年のトレード事情。非常にリスクの高いものとなります。ファイターズの野手陣を眺めていると、主力と控え選手の力の差は相当開いている感もあり、仮に野手を放出するとしたら“まさかのビックネーム”が飛び出してくる可能性もなきにしもあらず‥。

“相手”となるのは昨今だと巨人・DeNA・東京ヤクルト、数年前までは阪神との交流も活発でしたよね。ただ、「菅野問題」もあって、巨人との関係は今後どうなっていくのか先行き不透明。それでももし交渉に応じてくれるというのなら昨シーズン、じゃっかん干されかけていた感もある、東野峻投手あたりも匂いますね。野間口・福田ら、毎年トレード候補に名前が挙がってくるような選手は他にもたくさんいますが、杉内・ホールトンの加入で一気に層が厚くなったことからも、「東野を目玉に‥」 も考えられそう。

阪神は粋の良い若手投手が豊富な印象もあります。でもそういった選手は出さないだろうし、しいて言うなら久保田智之投手あたりが候補として挙がってきそうか。あえて中継ぎ専門の久保田を獲得して、兼ねてから噂のあった増井浩俊を先発に回すプランもますます現実味を帯びてきますよね。もっとも久保田本人は不満でしょうけど(笑)

ヤクルトも駒は揃っています。考えられそうなのが左腕の中澤雅人、質量豊富な中継ぎ枠からは松井光介らを絡ませた、複数トレード。「ダルビッシュの穴を埋める」という観点からすると、さすがにDeNA相手は厳しいか。ちなみにすべて根拠に基づかない、個人的な見解ですのでこの4チームのファンからの苦情はご遠慮ください(笑)


ダルビッシュのレンジャース移籍で遅まきながら熱を帯びて始めてきた北海道日本ハムのストーブリーグ。『メチャクチャなオファーをしている』 という、栗山監督の言葉が、今は少し不気味でなりません。



posted by 羽夢 at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

『人生いろいろ 名前もいろいろ』 外国人選手 ≪日本ハム編≫

先週は久々の「13日の金曜日」となりましたよね。この日を一部の人たちは「ボッツの日」と呼んでいます。なぜなら、 ジェイソン・ボッツだから。

‥いや、「ボッツの日」だなんて誰も呼んでいません。私がたった今、勝手に名づけました。すみません。

2009年まで北海道日本ハムファイターズに在籍していた、その名前が一番恐怖だった(?)外国人選手。実際に見た目も迫力ありましたけどね。他の選手との守備の兼ね合いであまり出番には恵まれませんでしたけど、常時出場していればホームランはもっと打てていた気もします。

でもいいですね〜。なんてったってジェイソン・ボッツ!この響きが(笑)
一度耳にしたら忘れない‥

今回はこの「響き」について。名前(登録名)がイケていたファイターズの外国人選手、実力は一切度外視して(?)少し語ってみます。


ライアン・ウィング【2009】
なんかゲームのキャラクターみたいな名前で格好いい。ただし、彼の姿を一度も目にすることはなかった‥

ジム・レドモン【1973】
日拓ホームにいた、らしい(笑)軍人みたく勇ましそう。

ブラッド・トーマス【2005・2006】
ファイターズを退団してから結構経ちますが、今ではバリバリのメジャーリーガーだったの、知ってました?

ロブ・デューシー【1995・1996】
たぶん川部さん(ウグイス嬢)の影響が大きいと思う。だってあの方ムチャクチャ発音よろしいんですもん。1番レフト‥


デュースィー』 みたいな?


エンジェル・エチェバリア【2003・2004】
ファンからはファーストネームで呼ばれる方が多かったですよね。「エンジェル」なんて愛らしいお名前、今でもFSファンの胸に深く刻まれています。

ビリー・レイ・ムニョス【1997】

今でも謎多き助っ人。アノwikiにすら載っていない。結局「ムニョス」の名が1軍でコールされることはなかったけど、聞いたらなんか力が抜けそう。今でいう“ゆるカワ”系!?そういえばマリーンズにはムニスってのが居ましたっけ。


それでもって、個人的にもっともインパクトのあった名前がこのお方です↓

続きを読む
posted by 羽夢 at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

“1ハム”ファンがみた【藤井秀悟ブログ】

今オフは“元”の肩書きがつく、FS戦士の移動が目につきますね。高橋信二がオリックスに行き、マイケル中村が埼玉西武、橋本義隆と稲田直人が東北楽天にいけば、ファイターズでも大いに将来を嘱望されていた木下達夫・正田樹が東京ヤクルト、さらには高口隆行までもが巨人‥

“出戻り”のスレッジ・紺田敏正も含めれば、もう「どんだけ」状態です。おもえばよくこれだけ多くの選手を短期間のうちに放出しましたよね。若干複雑な思いもしますが、どの選手たちもまだそれぞれの球団から“求められて”新天地に移られるのですから、もう一花咲かせてくれることを切に願います。


それから2009年のファイターズV戦士でもあり、昨シーズンまで巨人に在籍していた藤井秀悟投手のDeNA入りが決定したんだとか。このことについて先日、知人と議論を交わしました。

移籍を伝える本人のブログ記事【日ハムをクビになって】という記述を見つけて、私は『自分でFA宣言しておいて、そりゃあないだろう』と、憤慨していました。宣言時に手を挙げる球団が現れなくて、挙句たしかにファイターズ残留の道も閉ざされていた‥。でもそれを「クビ」と呼ぶのはどこか筋違いではないか?そう感じていたのです。

知人によるとFAとは名ばかりで、あれは「事実上の戦力外だった」と告げれられました。「戦力外」では藤井投手の体裁が悪くなってしまうのと、過去の実績や貢献度も考慮して“自らFA宣言をする”といった形をとって退団してもらおう‥。つまり、ファイターズ球団からの“好意”でもあったのだと。


球界で似たような話は過去にいくらでも聞いたことがあったので『なるほどな』と頷きつつ、その情報の出どころがどこなのかは定かでありませんけど、今になって本人の口から【クビになった】なんて語られてしまうこと自体に、一抹の淋しさを覚えました。

退団の経緯はそれが真実なら、たしかに後味のよくないものだったでしょう。ただ、藤井投手のブログは現在でも多くの“日ハムファン”も閲覧しているでしょうし、あの記述を目にしたら悲しい思いもさせられてしまいますよね。すでに有名だった話なのかもしれませんけど、経緯を知らなかった私や一部の人たちにとっては、それこそ「知らぬが仏」のままでいた方が幸せでした。


冒頭に記した昨今の選手の大量放出や大型トレード敢行のせいか、他チームのファンからファイターズは「非情」「冷酷」などといった意見も、近ごろよく耳にします。そのたびにファイターズファンは返す言葉に困り、心中穏やかでなくなります。そんなことも積み重なって思いの丈を綴ってみましたが 【クビになった】裏側には、書かれていない隠れた球団の“温情”があったことも、今回の件に関しては忘れてほしくありません。

人気ブログランキングへ
posted by 羽夢 at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

君はソレイタを見たか! ≪助っ人を極めるんダ!≫

本のタイトルに釣られて読んでみました。





著者によるとタイトルに「ソレイタ」の名前を起用したのは、特に深い意味はなかったそう。だから「君はブーマーを見たか!」とか「君はハモンドを見たか!」でも‥ まぁ誰でもよかったわけです。喜んで本書を手にしたのはおそらく、(1980年代からの!)日ハムファンくらいでしょうけどね。


最初に『歴代助っ人“勝手に”偏差値ランキング』という、助っ人偏差値審議委員会の方たちが独自に算出した投打別の助っ人ランキングが登場します。この算出法が今までにない異質もので、ランキングを見ていてもあまりピンとこないかもしれません。おかげで投手部門なんか抑え投手ばかりだし、郭泰源がまさかの38位!シュールストロム様が堂々の4位ですよ(笑) 打者部門はブーマーやソレイタを差し置いて、元ヤクルトのテータムが4位にランクイン。 ‥大体わかったでしょう?この項目はササッと流し読み。


次が『これが助っ人外国人ドリームチームだ!』。研究会(?)の4名が、文字通り歴代の助っ人たちでドリームチームを編成してみようという企画です。ただ、あくまで主観!彼らが実際に目にしてきた外国人選手のみ。ノミネートされているのはそんなに古くない時代の選手ばかりです。


【投】郭泰源 
【抑】ロドニー・ペドラザ
【捕】マイク・ディアズ
【一】ランディ・バース
【二】ロバート・ローズ
【三】レオン・リー
【遊】ボビー・マルカーノ
【左】チャーリー・マニエル
【中】ラルフ・ブライアント
【右】レロン・リー
【指】オレステス・デストラーデ


リー兄弟を選出したり、マルカーノをショートに回すウルトラCも飛び出すなど 「さすが!」と、うならされる部分もありました。内野はいいとして外野陣の守備は投手側からみたら、かなりの“恐怖”ですけどね。センターがブライアントって‥(笑)

スターターの泰源は文句なしですよね。抑えにペドラザですか。いい投手でしたけど、少しインパクトに欠ける気もしました。どうせなら宣銅烈にして“アジアンリレー”にする方がサマになった?仮に現在ならこの部門にファルケンボーグやサファテの名前も挙がってきそうですよね。(本が出版されたのは2003年) 笑えたのはキャプテンにフリオ・フランコを指名したことと、通訳担当のバルボン先生(笑)
※捕手の選出に困っていましたが、研究会の皆さん!マッキントッシュもいます(笑)

ドリームチームが編成し終わったところで、名助っ人を回顧したコラムへと続いていきます。取りあげられたのはバースクロマティリー兄弟マニエル泰源&源治ホーナーアップショー&バナザード、そしてオオトリがソレイタです。

ある程度この手の知識がある方なら、すでに知っているエピソードの方が多いかもしれません。クロウの頭部死球翌日の試合でホームラン‥ とか、バースの退団理由であったり。あ、あとアップショーとバナザードについてですが、彼らは1回ずつしか退場経験がないと記述がありました。バナザードは1回どころの騒ぎではなかったですよね?詳しい方どうなんでしょ。


それから『元同僚が語る助っ人面白エピソード』金村義明氏、パンチ佐藤氏、デーブ大久保氏の3名が実際に関わってきた助っ人たちの懐かし話をします。どれも読みごたえありましたけど、デーブ氏の西武時代。バークレオとの“道中記”はかなり面白いですね。必見かもです!

人気ブログランキングへ


続きを読む
posted by 羽夢 at 20:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

ダルビッシュ有の思い出 VOL.5 ≪2009年≫

巨人が日本一になるには第6戦までに、どうしても決めておかなければならなかった。7戦までもつれこんだら、指を骨折しながらもマウンドに立ち、勝ち投手にまでなったアノ男の出番がふたたび回ってくる。だからその前までに、どうしても決着をつけておく必要があった。

言うならば1998年に横浜が日本一の栄冠を手にしたときの戦い方。絶対的ストッパー・佐々木主浩が最後に控えて、あたり前のように最終回を締めくくる。相手からしてみたらあのころの対横浜戦に“9イニング目”はなく、実質8回までの勝負。圧倒的な数字もそうだが、当時の大魔神はそれくらいの存在感を放っていた。

日本シリーズの大舞台、最後にダルビッシュ有が待っているというのは、おそらくとてつもない“恐怖”や“重圧”を巨人側に与えていたことだろう。大魔神に匹敵する「存在感」が、あのときの“傷だらけのエース”にもあった。



darvish.yu.jpg
にほんブログ村 野球ブログ 北海道日本ハムファイターズへ


『一世一代の投球』


本人がそう評していた。2009年11月1日、日本シリーズ第2戦。新聞報道などで登板が噂されていたので、ダルビッシュが先発すること自体にはさほど驚きは感じなかったが、投球する姿をみて驚愕した。素人目で見ても、明らかにいつもの投球フォームではない。一連の身体を沈み込こませる動作がなく、まるでキャッチボールでもしているかのような立ち投げ状態。臀部を痛めていたことから、下半身に負担をかけない投球フォームを、短期間で独自に開発していたのだ。

普段の7割程度(G・ラミレス談)だったという直球は、当然のように威力がない。このストレートを見せ球に、代わりに多投したのが縦に落ちる、緩いカーブ。中盤迎えたピンチで小笠原道大を三振に仕留めた球も、やはりカーブだった。のちに前年の日本シリーズで巨人打線を手玉に取った埼玉西武・岸孝之の組み立てを参考にしていたことを知る。

試合前は『ストライク入るかどうかも不安だった』というダルビッシュ。実戦から1ヶ月以上遠ざかっていたのにも関わらず6回を投げきって2失点。7安打を打たれはしたが、無四球。より制球を重視した結果だろう。故障を抱えたままで“病み上がり”という言葉は適切ではないかもしれないが、そんな状態でもチームのために腕を振った。

‥いや、チームのためだけではなかった。
お立ち台でダルビッシュは言う。



『大切なファンと、大切な家族、他のパ・リーグ5球団のファンの方の分までしっかり投げようと思いました』



けっきょく“第7戦目”、ダルビッシュのシリーズ2回目の登板の機会は訪れなかった。チームの日本一は逃したが「一個人」を思えば、あれはあれで良かったような気もしてくる。この年もWBCから始まって他の選手と比べると短いオフとなり、オールスターでは打球が腕に直撃する不運にも見舞われた。身体が悲鳴をあげていたのかもしれない。

ダルビッシュ有、当時23才。ここまで色々な経験を積んできたが、彼の野球人生にはまだ「続き」がある‥


≪続く≫
人気ブログランキングへ
posted by 羽夢 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

意外と未来は明るかった?ファイターズ打線&開幕投手を完全予想

エースが退団濃厚、ドラフト1位で指名した選手も入団拒否がほぼ確実な状況‥。昨オフは明るい話題の少なかったファイターズですが、年も明けたことだし、そろそろ“現実”にも目を向けてみたいと思います。

まずは「2012年版」ファイターズ打線をとシミュレートしてみました。

≪開幕戦を想定≫
1【二】 田中賢介
2【右】 陽岱鋼
3【中】 糸井嘉男
4【左】 中田翔
5【指】 T・スレッジ
6【三】 小谷野栄一
7【一】 稲葉篤紀
8【捕】 鶴岡慎也
9【遊】 今浪隆博


昨シーズンと比べてメンバー自体にそれほど変化はありません。4番に小谷野を置くのか、それとも中田で1年賭けてみるのか?難しいところですけど、個人的には“ガニ股”でどっしりと腰を据えた中田の打棒に期待してみたいですけどね。

2番は陽。本当なら中軸を任せてもいいし、1番を打たせてみてもおもしろいタイプですが、現状2番で収まりそうかなと。小さくまとまってほしくはないのですけどね。もう少し三振の数を減らして、確実性を増した打撃を今季は見てみたいです。

9番・遊撃は昨シーズンと同様、金子誠or飯山と今浪との併用になるでしょうか。相手投手の右左、または相性をみて使い分けるパターン。慢性的な故障を抱える金子も1シーズンフルに、というわけにはもういかないだろうから、おそらくこの形をとるでしょう。

“故障を抱える”といえば稲葉もそうですよね。ゆくゆくはホフパワーあたりとポジションを争うことになりそうですが、とりあえず2000本安打を達成するまでは稲葉を使い続けていきそう。あと残り34本です。

捕手は大野と鶴岡で万全の態勢。開幕戦に鶴岡を抜擢した理由はのちほど。

新打線の「目玉」となりゆるのはやはり、3年ぶりにファイターズに“復帰”したT・スレッジになるでしょう。彼の加入は大きい。何より日本球界での経験が豊富で、ある程度の計算が立つ。AV.280、HR20〜25本をマークしてくれれば、今のファイターズ打線では十分。打順は5番がベストだと感じました。スレッジが入ることによって実に見事なジグザグ打線が完成します。これで相手チームの継投を困らせるのは必至。全体的にみると、ビックバンよりかはマシンガン打線の方に近い印象ですけどね。


そして、気になる開幕投手。これは昨シーズンまでエースを担っていた男がいなくなってしまったことを、想定しての話。普通に考えたら武田勝を持ってきそうですが、栗山英樹氏が新エースに任命したという、斎藤佑樹も可能性としてなくはないかなと予想。ほら「新監督」っておもいきったことをやりたがる傾向があるじゃないですか?(笑)

データ的なことをいえば、斎藤佑は開幕相手の埼玉西武とは昨シーズン相性もよく、2勝0敗 防御率2.46。夏場以降、調子を上げてきたときは鶴岡慎也とコンビを組む機会が多かったですよね。いずれにしても開幕カードには斎藤佑を当ててきそうです。


現時点で戦力補強が終わったとか、そういう話はまだメディア上に出てきていませんので、この布陣と“断定”はできませんが、だいぶ2012年の骨格は見えてきました。もう少し時間が経ってから「投手陣」もさらに詳しくみていきたいと思います。

人気ブログランキングへ
posted by 羽夢 at 21:46| Comment(2) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

池山隆寛のブンブンブン!夢、ありがとう

ファイターズの現打撃コーチの田中幸雄氏が、ある雑誌の企画の中でこう話していた。現役時代に自身がベストナインやゴールデングラブ賞の常連だったことに触れて 『自分は恵まれていた。その当時は固定された遊撃手がいなかったから‥』

もちろん氏の性格からして、謙遜して言ったのものと推測できる。ただ、当時のパ・リーグを見渡してみてもレギュラー遊撃手として君臨し続けていたのはライオンズの田辺徳雄ぐらいで、頷けてしまう部分もたしかにある。

80年代後半から90年代前半、パ・リーグを代表するショートストップが田中幸雄なら、セ・リーグは何といってもヤクルトスワローズに在籍していた、池山隆寛氏になるのだろう。

その池山氏が引退直後に書き記した自伝本、「池山隆寛のブンブンブン! 夢、ありがとう」を時間のあった正月に読んでみた。



ikeyama.takahiro.jpg
人気ブログランキングへ



まずは幼少のころから尼崎高時代。これを氏は第1章「幸運」と題されている。失礼ながら筆者は池山氏が甲子園に出場していたのは知らなかった。いくつもの“奇跡”が積み重なって、甲子園に出場することができたのだという。

それから第2章「運命」。ここでは主にドラフトについて。2位で3球団が競合(巨人・近鉄)するのもわりと珍しく思えるが、やはりそれだけの逸材だったのだろう。“当事者”からのドラフト目線、それこそ運命を左右したドラフト会議での数奇な人間模様がおもしろい。ちなみに池山少年は巨人ファンだったそう。


第3章・第4章は「ブンブン丸」の全盛時代。もっと細分化すると3章はスワローズでの「弱小時代」、4章は「黄金時代」とでもいえば収まりがつくだろうか。

弱小時代とは関根(潤三)政権のときを指す。少し聞こえは悪いが。当時は女性にモテてモテて仕方がなかったのだそうだ。たとえばこんな感じ。


『西崎さんも阿波野さんもぼくもスリムで、お尻も顔も小さい。その「ジャニーズ系」の容姿も若い女性に受けたようだ』 P92より


‥じゃっかん鼻につく(笑)。容姿のことは筆者にはわからないけど、華のある遊撃手であったのは間違いない。それとプロ入り当初、伸び悩んでいたブンブン丸の打撃を“開眼”させたのは、関根監督の意外な言葉だった。

黄金時代とはご存知、野村克也が監督に就任して以降。当時のスワローズナインはテレビ等の露出もかなりあって、選手同士が和気あいあいとしているイメージもあったけど、人気主力選手「F」とはどこか壁みたいなモノを感じていたらしい。これは少し意外だったかも。

今おもえば“ブンブン”のニックネーム通り、三振が多かった池山氏はいかにも野村監督が好きこのんで使うようなタイプにも見えなかったが、就任当初は選手層もそれほど厚くなかっただけに、起用せざるをえなかったのだろう。主砲の広沢克己もろとも、弱かったのが幸いした?


第5章・6章は選手生活晩年。故障とのたたかい、控えにまわり“一振り稼業”に生きた喜びや葛藤。2軍生活でのことや家族の支えなどが描かれている。筆者は「引退試合」のエピソードはそこまで詳しく存じてはいなかったのだが、あらためてアノ“感動”を再認識した。

立っていることさえ困難だった足を引きずって、なんとか辿りついた第4打席の2ベース。それよりも1打席目と最終打席が3球空振三振だったことの方が、なんとなく往年の“ブンブン丸”を彷彿とさせていい。


2012年はスワローズの2軍打撃コーチとして再出発する池山氏。本のあとがきに「監督として皆さんの前に戻ってきます。そのときを楽しみに待っていて下さい」と記されていたが、はたしてその“夢”が叶うときはやってくるのだろうか。

これは余談だが、氏のご子息は現在、埼玉県の強豪校・浦和学院の選手。筆者の出身地が埼玉だから妙な親近感を覚えたのだが、本書を読んで池山一家が“サイタマ”にいた理由もわかった。

にほんブログ村 野球ブログへ
posted by 羽夢 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。