2012年01月29日

「勝率10割」投手を冒涜するライター

「にわかファン」とか「にわかオタク」って、呼ばれる人いますよね。何にでも興味を持つのはいいことだし、別にそれを否定するつもりはないのですけど『にわか仕込み』の知識を振りかざす‥のはやめてほしいですよね。特にマスコミ関係の方とか、ライターの人たち?


『杉内俊哉と工藤公康がダイエー時代に一緒にやっていた』
『落合博満からポジションを奪った小笠原道大』


これらは以前、実際にテレビでアナウンサーが言っていたことです(杉内が即座に否定する一幕有り)。公の場で真実ではない情報を流すのだけは、つくづくやめてほしいですよね。彼らは「伝える」を仕事にして、金銭を手にしているのだから。


「野球の記録で話したい」という、広尾晃さんが運営しているサイトでこんな記述を見つけました。

1981年に間柴茂有が勝率10割を記録。大洋、日本ハム、ダイエーで投げた。スリークオーターの細身の投手だと記憶している。81年のこの記録には、宇佐美徹也さんが「狙って取ったもので価値は低い」とかみついていた。宇佐美さんにしてみれば杉浦忠の38勝4敗こそが神聖な勝率の記録であり、間柴はそれを冒涜するものだ、という思いだったと思う。間柴は通算81勝83敗と負け越している。この年がフロックだと言われても仕方がないところだ。 投手、圧勝の記録より


広尾さんよりもまず、この宇佐美徹也さんが言っていたとされる 『狙って取ったもので価値は低い』という言葉に耳を疑ってしまいました。勝率10割なんか、狙ったってできるものではないでしょう。ましてや間柴茂有さんは先発専門の投手です。

規定投球回数到達後も投げ続けました。到達後に登板を回避すればそれは「狙って獲った」とも言えます。ただ、チームが優勝争いをしている最中で、先発の柱だった間柴さんはマウンドに立ち続けなければならなかったのです。それこそ当時の監督・大沢啓二氏にケツをひっぱだかれながら。 ※間柴茂有wiki参照


宇佐美さんは記録、いや“数字”でしか間柴さんの「1981年」を見ていないのでしょう。通算の記録を持ちだしてくる広尾さんもしかり。防御率だけをみればたしかに3点台(3.46)。それでも 「負けないピッチング」を積み重ねてきたのです。結果の勝率10割。それを『価値が低い』とはいかがなものか。戦後は間柴さんただ1人しか達成していない、実に神聖な「記録」なのです。むしろ冒涜されたのは間柴さんの方ではないでしょうか。


そこにあった真実と、語り部ならぜひ数字に現れないような“物語”も、後世に伝えていってほしいと願います。

posted by 羽夢 at 21:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする